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【エデン】2024/11〜12:お題「わたす/しろ」 - あさぎそーご
2024/11/16 (Sat) 21:30:05
★今回はクリスマス、年末などこの時期に関するお話でお願いします(強制ではありません)
★2種類用意したのでお好きな方を。もちろん2つ使っていただいても構いません(1作にまとめても、2作出しても大丈夫です)
★漢字は好きなものを当てはめてください
★例のごとく締め切りなし、自由参加です
お忙しいと思いますので、無理のないようよろしくお願い致します!
Re: 【エデン】2024/11〜12:お題「わたす/しろ」 - 透峰 零
2024/12/15 (Sun) 22:30:25
貴女へ薔薇の花束を
コトワリは迷っていた。
何かというと、彼女に渡す花をどうするかである。
別に普段から花を贈っているわけではないが、今日ばかりは特別だ。いや、特別にしても良いだろう。と、自分に言い聞かせる。
クリスマス・イブ。
誰が言い出したか、そもそも起源すら定かではないが、この日はエデンで特別な意味を持つ祭りだった。神の誕生日を祝う為だとか、一番夜が長くなる冬の日を少しでも明るく過ごす為だとか。色々ともっともらしい理由をつけられているが、要は皆騒ぎたいだけなのだろうとコトワリは思っている。
祭りといっても、街が一つになって作り上げるものではない。家族や友人――あるいは恋人。そういった、小規模なコミュニティでそれぞれが騒ぎ、浮かれ、大切な人と特別な一夜を共有する。そういった種類のものだ。
通りの木々は数週間も前からガラス玉や金銀のモール飾りで華やかに飾り立てられ、ハビラに軒を連ねる店にはどこも立派なモミの木が鎮座している。
ケーキをはじめとした特別な菓子類を準備する製菓店。恋人の予約でいっぱいの小洒落たレストラン。この日のために各クランに採取を依頼され、街中に設置されまくっている星燈華の明るい光。そして、どこかソワソワとして落ち着かない空気。
そういったもの全てが、このクリスマスという日を構成しているのだ。
だから、とコトワリは己に言い聞かせる。
今日も今日とてクランの依頼に引っ張っていかれた彼女の元に、花束とケーキを持って訪ねていっても許されるのではないか、と。
夜には帰るから、と彼女も言っていたことだし。
そこまで考え、改めてコトワリは目の前に並ぶ色とりどりの花に目をやる。
今まで花なんて贈ったことがない為、どういったものが喜ばれるのかがわからない。
やはり薔薇だろうか。しかし、確か色によっても意味があると聞く。彼女を悲しくさせるようなものは避けたい。
それに予算の関係もある。悲しいかな、コトワリの財布はそこまで潤沢ではない。家賃が払える程度の金を残しつつ、貧相でない花束にしたいというのは贅沢だろうか。
「はーい、お客さん。彼女へのプレゼントですか」
バケツに刺さった花と睨めっこをしていたコトワリは、聞き覚えのある軽い声に顔を上げた。予想通りの顔に、思わず眉根が寄る。
「何やってんですか、君は」
「期間限定の店員さんだよ」
答えて手を振ったのは、同じクランに所属するイロハだ。
違うのは、いつも着ている燈色の上衣の上から黒いエプロンをつけていること。いつもは適当に束ねている黒髪を、丁寧に一本の三つ編みにしていることだろうか。
にこにこと笑う彼に、コトワリはじとっとした目を向けた。
「……ここって、そんな治安悪いエリアでしたっけ?」
「いや? 菓子と花と雑貨で溢れた、超平和なエリアだな」
「皮肉に真面目に返すのやめてくれません?」
はぁ、とコトワリは小さくため息をついた。
イロハは普段、ダンジョンに潜る以外にもエデンで便利屋まがいのことをしている。優男然とした風貌だが、多少の荒事なら顔色一つ変えずに引き受けるくらいには仕事選びに節操がない。単なるお人好しとも言えるかもしれないが。
「別に皮肉とは思ってないよ。似合わない自覚はあるからね」
「いや、逆に馴染みすぎて怖いってだけですよ。どうしたんです、その髪?」
「花屋で働くって言ったら、ティトンがやってくれた」
同じく【白羽】に所属する発掘調査士の顔を思い浮かべ、コトワリは「なるほどね」と頷いた。
そういえば、彼は以前にもイロハの髪で遊んでいた気がする。
「花屋って結構な肉体労働だからね。たまにバケツ洗いとか肥料運ぶの手伝ってんの。今日はそれに加えて、人が多そうだから店先もしてるだけ」
ほら、とイロハが指差した先にいるのは、薄茶の髪を頭の上でお団子にした女性だ。今は別の客の相手をしてブーケを作っているところらしい。
確かに、彼女一人でこの店を回すのは大変だろうな、と思うような華奢な姿である。
コトワリがそれ以上話題に突っ込まないのを見計らって、イロハは「それで」と続けた。
「あんたは何をお求めで?」
戻された話に、コトワリはわずかに視線を逸らして舌を出した。知り合いに改めて問われると、気恥ずかしさも倍増だ。
とはいえ、今さら別の店に行くのはもっと気まずい。それに、結局は同じように悩むことに変わりはないのだろう。
「………………彼女のプレゼントですよ」
「いいね。予算は?」
「……これくらいでお願いします」
観念してコトワリは指を四本伸ばして見せた。
「薔薇が定番かなとは思うんですけど、何を選んだら良いのかわからなくて。色の意味とか、あまり知らないので」
ボソボソと続けたコトワリに、イロハは「なるほど」と頷いた。
「まぁ、確かに黒薔薇とかは避けるべきかな。うちには置いてないけど。意味を持たせるなら、俺のおすすめはこかな」
イロハの指が伸ばされた先にあったのは、真っ白な薔薇だ。
「白、ですか。どういう意味が?」
「心からの尊敬」
言われ、コトワリは目を見開く。
「赤の「愛情」ってのもシンプルで良いとは思うんだけどね。あんたはこっちの方が好きかなって思って」
「…………そうですね」
「それに、白薔薇は他にも色々と意味があるんだ。枯れても意味があるなんて、珍しいよな」
「はぁ、そうなんですか。ちなみに、どういう意味なんでしょう」
「生涯を誓う。ま、これは今回関係ないかもだけど」
顔を赤くして俯くコトワリに笑って、イロハはさらに問う。
「本数はどうする?」
「そちらにも意味が?」
「代表的なところだと、一本で「一目ぼれ」。二本で「世界にあなたと二人だけ」三本で「愛してます」。五本で「あなたに出逢えて本当に良かった」九本で「いつもあなたを想っています」。十一本で「最愛」。十二本で」
「五本でお願いします。あとは、予算内で合う花を一緒に選んで下さい」
指折り数えるイロハの言葉を遮り、コトワリは答えた。数が増えるごとに小っ恥ずかしくなってくる意味に、自分が耐えられるとは思えない。
「まいどー」と言うと、イロハは奥に引っ込んでいった。すぐに戻ってきた彼が持っていたのは、色とりどりのリボンと包装紙だ。
「俺は花束作れないからね。先にこっちの色選んどいてもらおうかな」
しばらく迷った末、コトワリが選んだのは彼女の髪と同じ淡い金の包装紙に、瞳と同じ黄緑色のリボンだった。
その後、イロハが呼んできた店主を含めて三人で相談した結果できたのは、白薔薇を中心に松ぼっくり、コニファー、コットンフラワーなど白と緑を中心にすっきりとまとめられた花束だ。
「良い時間を過ごせますように」
「ありがとうございます」
店主から笑顔で渡された白い花束を受け取り、コトワリは小さく頭を下げた。
「ついでと言ってはなんですが、この辺りでおすすめのお菓子屋さんはありますか? 生菓子ばかりより、日持ちする焼き菓子も売ってるところがありがたいんですが」
「だったら、そこの角の――水色の看板出してる雑貨屋あるでしょ。そこを右に曲がって、三軒目にある『ゴールド・ブラウニー』ってお店とかおすすめよ。生菓子もあるけど、焼き菓子はどれも逸品なの。店の名前にもなってるブラウニーは特に美味しくてねぇ……。日持ちってことなら、シュトーレンも毎年いっぱい売ってるし」
菓子の味を思い出しているのか、言いながらも彼女は両手を胸の前で組んでうっとりと宙を眺めている。
だが、現実的な助言も忘れない。
「もう遅いから、行くなら急いだ方がいいかしら。かき入れ時だから沢山作ってはいるだろうけど、売り切れってこともよくあるのよ」
言われ、コトワリは空を降り仰いだ。
そろそろ冬の早い日は暮れようとしており、西の空には早くも一番星が輝き出している。
「確かにそうですね。では、ありがとうございました」
一礼し、言われた方に去っていくコトワリの背中はすぐに煌びやかな雑踏に紛れて見えなくなった。
その背中を見送って、くるりと女店主は店内を振り返る。
「あなた。白薔薇の花言葉、わざともう一つの方教えなかったでしょう?」
問われたイロハは、悪びれずに答える。
「あ、バレた?」
「そりゃあね。わざとマイナーな方言ってたら嫌でもわかるわよ」
「嘘は言ってないよ。それに、コトワリはちょっとくらい自信持った方がいい」
あなたは私にふさわしい。
特別な日に、彼女にそんな花を贈っても許されるくらいには彼は魅力的な男のはずだ。
呆れたように息をついて、彼女は首を左右に振った。
「ま、売上に貢献したのは褒めてあげましょ」
「お褒めに預かり光栄ですよ、雇用主様」
「はいはい。私たちもそろそろ閉店準備しましょう。――ところで、今日はこの後って暇?」
「暇といえば暇かな。あとはクランに帰るだけだし」
「そ、じゃあ」
イロハの前に差し出されたのは赤い薔薇の束だ。リボンも包装紙もない、バケツから直接掴んで束ねられただけの、冗談の小道具と言わんばかりの雑な花束。
花の数は十二。
「この後、夕飯でも一緒にどう? 素敵なお店見つけてね。本当は友達と行こうって話してたんだけど、風邪引いちゃったからさ」
目の前の花束を、イロハは目を丸くして見下ろした。ややあって、柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「それは魅力的なお誘いだな」
パッと、花を差し出す彼女の顔が輝いた。
「でも」
イロハは傍にあったバケツから、彼女が持つ薔薇とは別種のものを一本引き抜く。
色は鮮やかな黄色。
「今日は俺が夕飯当番なんだよね。だから、ごめん」
赤い薔薇の真ん中に、黄色い薔薇が差し込まれる。十三本になった花束を、イロハはそっと彼女の方に押し戻した。
「他にもっと良い人いると思うよ」
今度は彼女がまじまじと花束を見下ろす番だった。
「そっかぁ、残念」
花束を抱えて俯く彼女に、イロハは苦笑した。
「ま、飯は無理だけど手伝いならいつでも声かけてよ」
ふう、と彼女は大きくため息を一つ吐き、パッと顔を上げる。
「そーね。じゃあ、早速だけど店の外に並んでるバケツ運んで店内に入れてちょうだい」
「はいよ。って、切り替え早いな」
「いーでしょ。そこが私の取り柄なんだから」
わざとらしくそっぽを向く彼女に、イロハは笑った。
「そこも取り柄だよ」
「あなたのそーいうところ、どうかと思う」
ますますヘソを曲げた彼女が文句を言ったところで、ふと動きを止めた。
その視界を、白いものがよぎる。
「雪だ」
同じものを見たらしいイロハが、白い息を吐きながら告げる。
「今年はホワイト・クリスマスだな」
fin.
Re: 【エデン】2024/11〜12:お題「わたす/しろ」 - あさぎそーご
2024/12/20 (Fri) 13:22:14
長くなっちゃったけど( ˘ω˘ )
矛盾あったらすみません
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「あんたのとこの雑貨屋、また教会からでてきたぞ」
「なあティトン。お前のクランに雑貨屋がいるだろ?あいつにさぁ…」
「ちょうど良かった。これ、雑貨屋さんに渡しそびれたんだ。落とし物。今日はお店閉まってるみたいだから、渡しといてよ」
と、まあ。
頻繁に蘇生している【秩序】の鎧の人ですら、彼のことを雑貨屋と呼ぶ。どうやらエデンの中にコトワリの名を知る者が少ないらしいことに、はじめに気付いたのはティトンだった。
思い返せば、クラン員以外の口からコトワリの名を聞いた記憶があまりない。
「確かに、そうだな」
クランルームの庭先でのぼやきに、顔が広いイロハも同意する。たまたま居合わせた2人は、話題の人物が一軒家の玄関を開けた事で顔を見合わせた。
コトワリはいつものカバンに加え、大きな袋を2つ抱えている。ティトンとイロハは歩み寄り、荷物を支えながら話を切り出した。
「コトワリ。これ、秩序の人から…ほら、よく救助してくれる…」
ティトンの懐から出された手袋を受け取り、コトワリは眉を下げる。
「エリックさんですね。ありがとうございます」
「あれ?名前、知ってるんだ?」
「はい。はじめに自己紹介されましたから」
「じゃ、そのエリックさんとやらもコトワリの名前は知っているわけだ」
逆隣からイロハが問うと、コトワリはなんともいえぬ顔をした。
「………さあ、どうでしょうね」
「しなかったの?自己紹介」
「しましたよ」
「え?じゃあ…」
「しがない雑貨屋の店主です」
どこか芝居じみた台詞に、問い詰めていたティトンが固まる。
「もしかして、出会った人間全てにそう名乗ってるのか?」
「大抵の方はそれで納得してくれますから」
イロハの質問に肩を竦めるコトワリの腕を、逆からティトンが引っ張った。
「どうして?」
真剣に問われ、薄く笑ったコトワリは、抱えていた袋をベンチに下ろしながら回答する。
「………ではないので」
「え?」
聞き返した2人が答えを待つ小さな間。落ちたのは短く深いため息だ。一拍置いて、コトワリは笑顔を振り向かせる。
「ぼくはどうしようもないクズ人間だってことですよ。ああ、それと。ぼくの方からもきみたちに渡すものがあるんです」
言いながら袋の中身をテーブルに乗せていく彼に、それ以上話題を続けるつもりはなさそうだ。イロハも、ティトンも、あきらめて並べられた箱を見渡す。
大小様々の綺麗な箱は、どれもプレゼントボックスのように見えた。
「確かに渡しましたからね」
「それはいいけどさ、コトワリ。一体誰からの贈り物なの?」
「知りませんよ…中に記名されているのでは?」
「よく知りもしない人間から、こんなもん貰ってくるな」
ランニングを終えたらしいクエルクスが会話に割り込む。彼は箱の一つを手に顔を顰めていた。
「ぼくも貰いたくて貰っているわけではなくて、置いていかれるんです」
コトワリの嘆き通り。
こと、イベントの時期になると、コトワリの店は忙しくなる。イベントそのもののアレコレもあるが、売り上げに全く貢献することのない依頼が急激に増えるせいだ。
「これ、渡しといて下さい」
そんな文句とともに、綺麗にラッピングされた品物が店に持ち込まれることが、割とよくある。
宛名はリボンの間に挟まっているか、当人から口頭で告げられるか。
普段はまだいい。まとまって来るようなものでもないし、知り合いが買い物ついでに置いていくようなものが殆どだから。
しかし現在クリスマスシーズン。
見ず知らずの話したこともない、客でもない人が代わる代わるやって来て、クリスマスの贈り物を置いていくのだ。主に白羽《クラン》の仲間宛の。
主に、というのは本当に主にで。時には「時々店に来るあのお客さんに」とか。「後でうちのクランのあいつが来るから渡しといて」だとか。
一番殺意が湧くのが「あんた、「彼女」と知り合いだろ?渡しといてよ」と悪気があるのかないのか判断に苦しむ依頼だ。この類のものも、彼は笑顔で受け取ることにしている。
深く長いため息で回想を締めくくり、コトワリは小さく愚痴を零した。
「みなさん自分で渡したらいいのに…意味がわかりませんよ」
そうは言っても、白羽《クラン》の中で常に居場所が分かるのは自分くらいだと、彼も自負している。盟主の梟も常に部屋にいるわけでなく忙しそうにしているし、ティトンはダンジョンをはしごしまくるし、アロは自由奔放に散歩しているし、イロハは依頼でエデン中歩き回るし、クエルクスはそもそものスケジュールが謎である。狙って会うのは本当に難しい。
もう一つ、確定で会えそうなクランルームは基本的にクラン員しか開けない決まりになっており、なおかつ扉の前は人通りも多く、待ち伏せも置き配も迷惑になるだろう。
仕方がないのは分かる。しかしコトワリの店は狭い。日によっては入荷した品よりプレゼントの方が嵩張ることもあるから困りものだ。
かといって捨てるわけにもいかない。いちいち断っていては日が暮れてしまう。結局は受け取ったあとで処理するのが一番の解決策となるわけだ。
「コトワリさんも困ってるんだねー」
いつの間にやらベンチの端に座ったアロが、自分宛ての箱を開けながら笑った。
「分かってくれるのはアロさんだけですよ…」
「うん、よくわかんないけどー」
「あ、はい、すみません」
朗らかに言われ引き下がるコトワリをよそに、アロは箱から出てきたPIYOと戯れる。カードにはアロの名前とアヒルのマークが刻まれていた。その箱はコトワリもよく覚えている。箱を預けるついでに、大量の星の音符(音楽に合わせて光る魔法具)を買ってくれたから。ダンスインザダックの人だったのか、と思い返して納得した。
そうする間にも箱は開かれる。幸い、呪い系統のものはなさそうだ。もしかしたら謎のまじない系は混ざっているかもしれないが。
コトワリの心配も露知らず、目新しいジャガイモの袋に目を輝かせながらティトンが提案する。
「いっそポストでもつける?」
「どう考えても厄介ごとが増えるだけですよ??」
驚愕を交えた忠告はあっさり無視された。
「お芋もっと沢山入れてくれるかもー?」
「いいねー、お芋ボックス」
「芋につられないで下さい」
「珍しい缶詰なら歓迎だ」
「依頼が入ることもあるかも」
「きみたちまで…正気ですか??」
ツッコミが追いつくはずもなく、ポストの設置は前向きに検討されるかもしれない。盟主がなんと言うかは知らないが。
そんな賑やかな日の翌日。
クリスマス当日の夕刻のこと。
たまたま花屋で助っ人をしていたイロハの手を借り、白い花束を手にしたコトワリがハビラの通りを進む。
自分が花を贈るなんて。と、買ってしまってからも考えてはみるが、実のところある種の心配はしていない。
なぜなら、彼女には欲がないから。
家具の類はともかく、所持品に関して言えば高価なものなんて一切持っていないくらいには。
装備品は全てクランのものを使うし、そもそも彼女に武器や防具は必要がない。探索中、彼女の前後には腕利きの盾と矛が勢揃いしているから。そして彼女には、それを死なせないだけの力がある。
物欲がない彼女は、なにを渡しても喜んでくれた。もしかしたらそう思い込みたいだけかもしれないけれど。
「今日はスキルを使いすぎていないといいんですけど…」
こんな日に血反吐を吐くのは、いくらなんでもかわいそうだ。これは誇張などではなく事実で、コトワリの彼女、《《ゆあ》》は特殊な体質を持っている。
彼女はハロが大きくスキルの用途も豊富だが、スキルを酷使することで身体に毒素を溜めてしまう。自分で《《治し》》ながら生活することもできるが、結局はいたちごっこ。
なおかつ、彼女の所属クラン【赤嘴《ベックルージュ》】は活動が活発で過酷、上級者ばかりの大手で、毎回最難関のダンジョンに挑む。そのため、1日で体調を崩して帰ることもあった。勿論、稀にだ。普段はひと月に一度、一晩解毒をすればある程度元気になり、二晩で全快といったところか。
その解毒条件も特殊で、他人のハグを必要とする。誰彼構わずハグなどすれば面倒なことになるのは必至。更にはもともと彼女をライバル視する者も多いとくれば、対処に困るのは目に見えている。
コトワリが彼女と出会ったのは偶然ではあったが、その日から今日に至るまで、彼は彼女の解毒係の座をなんとか守ってきた。お役御免になるその日まで、せめて側にいられたらと、至らぬ努力をする日々だ。
花屋で聞いたおすすめ製菓店の前に立つと、甘い香りに満たされる。幸い、まだ売り切れてはいないらしい。店の前に短い列ができていたので、最後尾に並ぶ。隣のオープンカフェの軒先で、こちらを指差し笑う者に気付いたが、知らぬふりをした。
数10分後、無事ブラウニーとシュトレーンを買って外に出ると、また笑い声とひそひそ話す声がした。構わず背を向けて歩き出そうとしたところに、声がかかる。
「《《コトワリ》》くん」
それは噂話とは逆側から聞こえた。振り向くと、小柄で真っ白な女性が小走りに寄ってきた。
「天使だ」と、誰かが囁く。その風貌から、彼女は…ゆあは、大多数からそう呼称されていた。
ゆあはコトワリの隣まで来ると、嬉しそうに胸を張る。
「早く終わったの。ていうか、終わらせました」
「その…お疲れ様でした。大丈夫なんですか?」
「うん、クリスマスだもん。大丈夫。頑張ったから褒めて?コトワリくん」
言われるまま褒めようと口を開きかけたところに、別の声が飛び込んだ。
「は?コトワリ?ってなに?」
先程の笑い声。妙に大きく響いたのは気のせいではないだろう。その相方も、声を潜めることなく答えた。
「今はそう名乗っているらしいぞ」
ああ、そういうことか。
悟ったコトワリの身が固くなる。
関わりたくない。だけど、彼女はなんと言うだろう。戻れと、背中を押されるのではないか。そうなったら拒否などできるだろうか。その資格が、ぼくにはあるだろうか。
一瞬のうちに巡る考えは、腕を掴まれる感触に遮られた。
「行こう?コトワリくん」
「え?あ……」
でも、と言いかけて、しかし声は出ない。
誘導されるまま駆け抜けて、アパルトマンの入口をくぐる。そのまま内階段を昇って、二階の角部屋にたどり着いた。ゆあは鍵を開け、コトワリの背を押し中に入り、急いで鍵をかける。
息が上がっていた。暗い部屋は寒く、互いの呼吸音しか聞こえない。
「あの……」
「きみは」
コトワリの言葉を遮り、俯いたまま。ゆあは彼を壁に押し付けた。そして不安気に顔を覗き込む。
「きみは《《コトワリ》》くんでしょう?」
悲痛な叫びだった。その声に、酷く安堵する自分を嘲笑しながら、コトワリは答える。
「はい」
息を整えるためか、再び俯いたゆあが、間を開けて細く問いかけた。
「思い出したかった?」
そう。
ぼくは知らない。
いや。
死にすぎて。
忘れてしまったのだ。
「本当の名前」
ぼくが、誰なのかを。
記憶を神様に持っていかれてしまったから。
蘇生の対価として差し出してしまったから。
「いいえ」
今のぼくは《《コトワリ》》だ。この名前にした理由も、彼女には話してある。
だけど、過去にもう未練がないことは、まだ言っていない。腹部にしがみついてくるゆあの震えに気付いたコトワリは、申し訳なさで一杯になった。
「どこにもいかないで…」
泣き出しそうな声で懇願される。それはそうだ。彼女にはまだ、解毒係が必要だから。
「はい」
どんな理由だって構わない。ここにいられるのなら。必要としてくれるのなら。
「大丈夫ですよ。ゆあさん。ほら、ブラウニー…食べませんか?」
「……食べる」
鼻を啜りながら肯定した彼女に安心して、コトワリは両腕を持ち上げる。持っている荷物に気付いたゆあが靴を脱ぎ、ケーキの箱を取ってリビングに歩みを進めた。
コトワリは戸締まりを確認してから、手に残された花束に苦笑を注ぐ。
「良い時間を過ごせますように」
折角そう言ってくれた、一緒に選んでくれた彼等に、このままでは申し訳が立たない。
だからまずは、先に終わらせよう。
彼女が食事の準備をして、彼が暖炉に火を灯す。
朝に作ったホワイトシチューを温め直すゆあの背中に、暖炉の火が安定したのを認めたコトワリが声をかけた。
「いくつか、きみ宛に預かったものがあるんです」
吐く息はまだ白い。手袋を外してキッチンの水桶で手を洗い、カバンから品物を取り出していく。
「1つは大通りの宝石商の息子さんから、こちらは…黒牙所属の剣士でしたか。それから…」
リビングテーブルに並んでいく品を呆然と眺めていたゆあが、声もなく左右に首を振った。
それでも、コトワリは笑みを絶やさず作業を続ける。
「随分高価なもののようですから、持っていてください」
「でも…」
「ぼくにはとても買えないようなものばかりです。これなら、蘇生の対価として十分でしょうから」
彼女には欲がない。だからこそ。
「だから…」
持っていて貰わなければ困る。
それが例え、他人からの贈り物だとしても。
利用してやる。
だって。
横目に白い薔薇の花束を見据える。ゆあはその存在に気付いて、ゆっくりと歩み寄った。
《《あなたに出逢えて本当によかった》》
その意味を、彼女が知っているかは分からない。ゆあは花束を手に取り顔に寄せた。
「分かったよ。鞄にしまっとく」
数秒後に呟かれた言葉で、コトワリは心の底から安心した。肩の力が抜ける。
「………はい」
持っていてもらわなければ困る。だって。
ぼくのことを、忘れてほしくないから。
本当なら、自分の力で守るべきだと分かっていても。
窓の外で動くものを目の端に捉えたゆあが、その正体に気付いてカーテンを開ける。
「すごい、みてみて。外、真っ白だよ」
「本当だ…綺麗ですね」
いつの間に積もったのか、低速で落ちてくる雪が地面を淡い白に染めていた。
世界はこんなにも純白で綺麗なのに
ぼくは、本当に馬鹿で
どうしようもないクズだ
自嘲気味に窓際のソファの背にもたれて暫く外を眺めていると、唐突に両頬が挟まれ強制的に振り向かされた。驚いて瞬くコトワリの目に、膨れたゆあの顔が映る。
「雪ばっか見ないでこっち向いてよ」
「外見てって言ったのはきみですよ?」
「折角のクリスマスだよ?見惚れるなら私にしてほしいんですけど」
なに言ってるんですか、と呆れて膨れた頬をつつくと、シチューの入った鍋が揺れて存在を主張した。ハッとした2人は慌てて食事の準備を再開する。
他愛のない話と食事を消費して、最後にガトーショコラを食べる。偽物だよ、とアルコールの入っていないシャンパンを開けたゆあが、グラスと花束を手にブランケットと共にソファに落ち着いた。
コトワリは満足そうな彼女のグラスをシャンメリーで満たし、ガトーショコラの皿を持って隣に座る。
「ごめんね」
グラスを揺らしながら、ゆあが呟いた。驚いたコトワリが振り向くと、彼女はその腕を取って続けた。
「取り乱して。きみが過去のこと思い出したら、遠くに行っちゃう気がして」
「もう未練はありませんよ。それよりも…」
「忘れちゃう方が怖い?」
寄り添ってコトワリの腕を抱え、膝に乗っていた花束を顔に寄せる。その仕草で、質問で。ゆあが薔薇の花束の意味を知っているのだと悟って、コトワリは頷いた。
忘れられるのも怖い。
忘れるのも、同じくらい怖い。
だけど死なずにダンジョンに挑むのは難しい。
かといってダンジョンから離れて生きられるほど、好奇心がないわけじゃない。
幸い、今のぼくは雑貨屋の店主だ。金はなくとも、品物はある。神に差し出せそうな品を、いつも鞄に潜ませるようになったのは彼女と白羽《クラン》に会ってからだ。
おかげでまだ忘れずに済んでいる。目標もできた。欲しいものも、ある。目新しい素材を見るのも、新しいポーションを作るのも楽しい。不運が重なり嫌になることはあれど、充実していることに変わりはないから。
「白羽のみなさんにも、いつか話さないといけませんね」
ため息交じりに零してブラウニーを頬張る。丁度よい甘さがしっとりと口に広がった。ナッツが香ばしく食感も楽しい。
「きみのこと?まだ話してないんだ。じゃあ、2人だけの秘密だね」
「残念ながら、盟主はご存知ですよ」
「あ、そっか…クラン紹介した時に一緒に話したんだっけ」
残念そうに肩を竦め、コトワリがフォークに掬ったブラウニーを横から食べたゆあが、途端に幸せそうな顔をした。コトワリは苦笑して、もう一欠片フォークで取り、ゆあの口に運びながら独り言を口にする。
「しかし、なかなかそういった機会がないんですよね。改まって話すのもなんだか気恥ずかしいですし」
ふむふむ、と咀嚼したゆあは、口端のチョコレートを舐めて花束を揺らした。
「そんなの簡単だよ。明日、一緒に薔薇を買いに行こう?」
「……それと同じのを、ですか?野郎ばかりですよ…?」
渡すのも嫌だしイロハくらいしか意味を理解してくれないような気がして、コトワリは渋る。ゆあはそれを無視して口を尖らせ苦言を呈した。
「同じのは駄目」
「……え…なんでです?」
「なんでって…きみ、意味分かって買ってきたんでしょう?」
目の前に白い薔薇の花束を示される。コトワリはしっかり脳内回想を終えて言われたままを答えた。
「心からの尊敬…だと聞いてますが」
「そっちかぁ…へーふーん…」
「え?待ってください。他にどんな意味が……」
ジト目でシャンメリーを呷ったゆあに、前のめりで問いかける。彼女はコトワリを数秒見つめてから首を傾けた。
「うーん…ナイショ」
「っ……」
図ったな…と、コトワリは思う。とはいえ勝てる気もしないので仕返しは秒で諦めた。代わりに目の前の問題に着手する。
「……あの、なんかすみません」
「んー?なんで?」
「いえ、変な意味だったらと思うと」
「そんなことないよ」
ふわっと笑い、グラスを置いたゆあが肩に頭を預けるのを受け止めた。
「その人、きみのことよくわかってくれてるんだね」
優しい声が花束に落ちる。嬉しそうな顔で見上げてくる彼女に、コトワリはそうかもしれないですね、と小さく同意した。
それは大変恵まれたことだと思う。
名前を…過去を忘れてしまった自分だからこそ、しみじみ思うのかもしれない。
だからぼくは、ぼくを…コトワリのことを、覚えていてほしい人にだけ、この名前を《《渡す》》ようにしている。
持っていてくれたらきっと、次にぼくがぼくでなくなったとしても連れ戻してくれる。そんな人に。
これはぼくの勝手な希望。
だからせめて。ぼくはコトワリでいられるように、クズなりにもう少しだけ、頑張って生きたいと思う。
Re: 【エデン】2024/11〜12:お題「わたす/しろ」 - 淡島かりす
2024/12/21 (Sat) 19:06:07
GiveMe GiveYou
積み上げられた雑多なものの山を前にして、イロハは帳面に記録をつけていた。空き瓶二十二本、六星サイの牙が五本、コーラン鳥の羽が木箱いっぱい。といった具合である。イロハの能力を使えば、山の中から逐一引っ張り出さなくとも、何がどこにいくつあるか程度はわかる。ただイロハが今の作業をしているのは能力ゆえというよりは性格故と言ったところだった。
「クエル。そっちにあるコの字型のものって退かせる?」
「どれだ? あー、これか」
イロハが帳面に記録をつけたものから順に荷車に詰め込む役目を担ったクエルエスは、その指示に素直に従ってコの字型の何に使っていたのかすら判然としない木の枠組みを取り除いた。
「ありがとう。えーっと、用途不明品は最後に集計すればいいから……」
ブツブツ呟きながら帳面にペンを走らせていると、何かが足元に触れた。下を見るとPIYOたちが群がっている。広場に突然現れたガラクタの山が気になったのかもしれない。最近のティトンの研究によれば、PIYOは「昨日と状態が異なる場所」に出てくる確率が高い。
「不要品を集めてるんだよ」
イロハは笑ってそう言った。ここに集められているのは白羽に属する五人のメンバと盟主がそれぞれが提供した「不要品」である。例えばダンジョンで集めすぎてしまったものや、使わなくなってしまったもの、部屋に置いておいても持て余してしまうものなどが該当する。
コトワリやティトンは元々持ち物が多いので、未だに不要品とそうでないものの選別に勤しんでいるが、イロハやクエルエスは早々に終わってしまったので、こうして不要品の整理をしているところだった。最初はアロもいたのだが、不要品の一つ一つに興味を惹かれてしまって全く作業が捗らないため、今はオフィルの掃除をしている。
「クランごとに不要品を持ち寄って、バザーをしようって話になったんだ。こうして集めると結構出てくるもんだよな」
盟主たちが一堂に会して目下の問題点などを話し合う総会において、あるクランが持て余した素材のことを相談した。他のクランが丁度その素材が足らなかったので引き受けることになったが、それを皮切りに各盟主が自分のところで余っているものや足らないものを口にし始めた。どうせなら各クランで要らないものを持ち寄って「交換会」のようなものをしようという話になり、更には素材だけでなく食材も持ち寄って出店でも出そうというところまで話が広がった。
「白羽は焼きそばを作るんだ。PIYOを具材に入れてもいいかもな」
PIYOたちはその冗談を真っ正面から受け取ったのか、情けない声を上げながらどこかに逃げていった。
「そいつら虐めると、アロが煩いんじゃないか」
「そうか? アロは冗談が好きだから大丈夫だと思うぜ」
その言葉を裏付けるかのように、アロの笑い声が聞こえてきた。
それから数日後、どこかのクランの盟主によって「大交流会」という平々凡々を通り越してどこか気恥ずかしくすらなる名前をつけられた祭りが始まった。開催場所は危険度が低く平地が広がるダンジョン。基本的には攻略対象ではなく、農作物などを育てるための場所である。平和すぎて退屈だとすら言われるダンジョンは、今日は多種多様な出店で埋め尽くされて賑やかになっていた。
「イロハさん、イロハさん。シト水の結晶ってまだ残ってますかー?」
アロがテントの中に顔を出してイロハに訊ねる。イロハは箱の中に整然と並べた物品管理の表を一瞥した。
「二十くらいかな。全部貰ってくれるなら端数も出すけど、向こうは何と交換だって?」
「ホトホト魚の燻製、一箱ー」
「お得だな。いいぜ、交渉してこいよ」
イロハは空色の紙にシト水の結晶の個数を記載し、白羽のクランの印を刻んだ。それをアロへと手渡す。大交流会では直接の物品の交換も行えるが、量が多いと運搬の手間がかかるので、こうして「手形」を使う。どの物品をいくつ渡すかを保障するもので、これにより簡便に取引が行えるようになっていた。
「そういえばクエルはどうしてる?」
「焼きそば沢山作ってるー」
クランでは素材などの他に食材なども余る。だがそういったものは保存性が効く物以外は取引するにも難しいため、料理をして売った方が良いという盟主たちの判断によって各クランが出店を出していた。クランのメンバが多いところは複数の店を出しているが、白羽は人数が少ないので一つだけである。
「他のクランではどんなものを出してる?」
「甘いのとか酸っぱいのとか辛いのー。何か買ってくる?」
「冷めてもおいしいの買ってきてくれ。俺は暫くここを離れられないから」
イロハがそう言うと、アロは首を少し傾げた。
「代わるー?」
「……気持ちだけ受け取っておく」
丁重に断ると、アロは別に気にした様子もなく再びテントの外に出て行った。外は賑やかで楽しそうだが、イロハは別にこうして裏方をするのは嫌いではない。寧ろ楽しいとすら思っている節がある。テントの薄い布一枚で隔てられた向こうの賑やかさと自分の周りの静けさの差が、自分が特別なことを任されているという一種の面白みがあった。
「イロハさん」
続けて入ってきたのはコトワリだった。両手に大小の箱をかかえてよろよろとしている。死ぬのかな、と思いながら眺めているとテントに入って数歩目で力尽きた。
「どうしたんだ?」
「色々なクランで交換をしていたんですが、その度に「おまけ」を頂いてしまって……」
「相変わらず変なところでもてるな」
「不要品を押しつけられているだけですよ……」
床に散らばった箱にはそれぞれ、余った素材で出来た細工が入っているようだった。確かに単品で捌くには価値が低いし、かといってクランに置いておいてもゴミにしかならないだろう。コトワリが雑貨屋であることを知っている人々が押しつけたのは想像に難くない。
「美味しそうな珈琲を出している出店がありましたよ。そろそろお昼ですから買ってきましょうか」
「いいな。どこかにティトンがいるはずだから連れ戻してくれると助かる」
「わかりました」
コトワリがいなくなると、イロハはテントを出てすぐの場所に設置された出店に向かった。白い煙に香ばしい香り。その中央でクエルがヘラを振るって麺を鉄板の上で踊らせている。
「繁盛してるな」
「あぁ!? 拷問なんだが!」
ずっと鉄板の前にいるからだろう。クエルの額には玉のような汗が浮かんでいる。
「さっきから全然客が途切れない。焼きそばなんてそんなに珍しいもんじゃないだろ」
「ソースの焦げる匂いが食欲をそそるんじゃ無いか? まぁクエルに任せて正解だな。その調子でよろしく」
「誰か代われ」
「俺ぐらいしかいないと思うぜ? コトワリにはこの環境は過酷だし、アロはすぐに気が散る。ティトンは勝手にジャガイモ炒めにするだろうから。俺に代わって欲しいなら、クエルの次の仕事は在庫管理だ」
「だったら焼きそばのほうがマシだ……」
「腹減ったんじゃないか? 何か買ってくるよ」
「あー……、じゃあ甘いもんがいい」
「珍しいな」
「こっちはずっとソースの匂い嗅いでるんだが? 甘いもんが恋しくなるだろ」
「そういうもんか? まぁ俺もずっとテントに籠もっていて、刺激のあるもん欲しくなったからな。一緒に買ってきてやるよ」
「あー、あとついでなんだが」
クエルがあることをイロハに耳打ちした。イロハは不思議そうに相手を見たものの、特に追及することなく頷いた。
暫くして、会場中に昼休憩を知らせる鐘が鳴り響いた。どうやら盟主たちは昼食のことをすっかり忘れていたらしい。というより、ここまで盛況になることを想定していなかったのかもしれなかった。
テントの中には素材の在庫が積み上げられているため、食事は床に座って取ることに決めた。こういう点も小規模クランの辛いところではある。しかし全員、そういったことは気にしないタイプなので、寧ろ嬉々として昼食の準備をしていた。
「盟主様はー?」
「他のクランの盟主と食事だそうですよ」
アロとコトワリがそう話しながら床に板を並べる。イロハは人数分より少し多く持ってきたクッションを板の周りに置く。ティトンとクエルは板の上に布を敷いて、これで即席の食卓が完成した。イロハはそれを確認して小さく頷く。
「じゃあ皆、買ってきたものを並べてくれ」
「はーい」
早速、アロが板の上に何かを置く。一口大の肉を串に通して焼いたもので、香辛料が上にたっぷりと掛かっていた。どうやら余っていた香辛料を混ぜ合わせたものらしく、独特ながらも食欲を誘う匂いがする。
「これなら一本ずつ食べられるかなと思ってー」
「美味しそうですね、アロさん。珈琲ではなくお茶のほうが良かったでしょうか」
コトワリが人数分の珈琲を置く。確かに肉の串には合わないかもしれないが、これはこれで味わいがあった。いかにも「お祭り」の食事という感じがする。
「僕はこれー!」
ティトンが板の中央に置いたのはマッシュポテトだった。案の定と言うべきか、ティトンらしいメニューに全員頬を緩ませる。
「ポテトは万病の薬だからね」
「初耳なんだが?」
クエルの指摘に構わず、ティトンは続けて小さな硝子瓶に入ったドレッシングをいくつも並べる。
「ティトンさん、それは?」
「ソースを作っているクランがあったから、水晶枝と交換してきたんだ。きっと美味しいよ!」
「味変というやつか」
イロハは笑いながら、自分が買ってきたものを空いているスペースに置いた。
「あ、チョコレートクッキー!」
アロが嬉しそうに声を上げる。大きく砕いたチョコレートがいくつも入った大きなクッキーが、紙で編まれた籠の中に入っていた。
「マシュマロも入ってる。かなり甘いみたいだぜ?」
「良いですね。でもこうなると、ちょっと主食になるものがないような……」
何か買い足しましょうか、とコトワリがいいかけた時だった。クエルが何かを板の上に置いた。それが何かわかったティトンが明るい声を出す。
「焼きそばだ! しかも目玉焼きが乗ってる!」
銀色の皿の上に盛られた焼きそば。それを覆うように置かれた目玉焼きが全員の胃袋を一斉に刺激した。
「美味しそー。出店では目玉焼き乗せてないよね?」
「毎回目玉焼きなんか乗せてたら俺の腕がもげるが?」
クエルはフォークを皿の上に添える。先ほどクエルがイロハに頼んだのは人数分の卵だった。イロハはすぐにそれを探しに行き、ハロス鳥の大きな卵を手に入れた。
「やっぱり大きい卵だと目玉焼きにしても迫力があって良いな」
「割るのが大変だったから二度とやりたくないけどな」
「それはすまない」
イロハは軽く謝罪をして、適当な場所に腰を下ろした。
「冷める前に食べようぜ。特に珈琲なんかは早く飲まないと勿体ない」
「そうですね。そうしましょう」
皆が着席してすぐに、ティトンがマッシュポテトに手を伸ばした。紙皿の上に適当な量を盛り付けて、全員へ順に渡していく。その隣でコトワリは珈琲のカップを配った。
「イロハさんとクエルさんはブラックで大丈夫ですよね。ティトンさんはミルク入り。アロさんは砂糖とミルク、と」
「この肉ね、串の飾りが違うんだよー。イロハさんにはこれあげる」
イロハの前に、兎を模した串に刺した肉が置かれた。そして続けてクエルの前には犬の串が置かれる。
「じゃあ焼きそばは……あー、これ目玉焼きが崩れてるから俺のだな」
「え、僕それがいい!」
「何でだよ」
「ちょっとジャガイモの形に見える」
「そうか……?」
そんなやりとりを見ていたイロハは思わずクスリと笑った。丁度全員の会話の切れ目だったので、思いの外大きく声がテントの中に響き、全員がきょとんとした顔をする。
「なんだ、どうした?」
「いや、大したことじゃない。今日は交換会だろ。誰かが必要としているものを渡す会」
「そうだな」
「で、今皆もそれぞれが買ってきたものを渡し合ってる。俺もそういうものを買ってくればよかったなと思っただけだ」
籠に入ったクッキーは、わざわざ分けるものではない。気が向いたら手に取るような類いである。別に悲しいわけではないが、折角なら皆に混じって渡したかった。
「えー、じゃあ配ればいいんじゃないのー?」
アロが間延びした声を出して、自らの手を差し出す。
「イロハさん、ちょーだい」
「僕も僕も!」
「ではこちらにも」
「俺にもよこせ」
四つの手がイロハに向かって差し出される。イロハは少しだけきょとんとしたが、すぐに全員の意図に気がついて微笑んだ。
「順番にな」
籠の中からクッキーを取り出す。渡し合ったのはきっと食べ物だけではない。きっとそれはその場にいる全員が思っていることだった。
End